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最新情報更新日:2024年11月21日 現在の情報登録:588件 会員サイトの情報登録:3319件
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長年積み上げたノウハウや既存のお客様数は、他社の追随は許しません。不動産投資をなさるなら、当社にご相談ください。
クリスティに育てられ、富士企画を起業し、現在の両社の関係が出来上がるまで、さまざまなことがありました。私たちと関わって頂く皆さまに知って頂きたい。そんな話があります。 「会社員として経験を積み、同じ業種で起業する」と言うのはよくある話です。しかし、「独立後、かつて勤めた会社から社長ポストへのオファーを頂くこと」は、ちょっと珍しいのではないでしょうか。 顧客との信頼関係を何より大切にし、従業員にとっても楽しい会社であることを目指す経営の原点には、 株式会社クリスティの先代社長、故・小林靖明氏の言葉がありました。 2021年に創業25年を迎えた不動産投資専門の、株式会社クリスティ代表取締役就任までの紆余曲折をお伝えします。
少し振り返りますと、私は福岡県北九州市の出身で、小学4年生からは埼玉で育ち、20歳で都内のインテリアデザインの専門学校を卒業しました。 当時はバブル崩壊直後の景気後退真っ只中。将来への不安から多くの若者が安定した大企業に走る中、 「あまり安定は求めていないし、それより自分の力で何かをしたい」という思いで小さな建築会社を目指し、 住宅設備機器の販売を行う会社に就職。営業職として社会人生活をスタートしました。 最初の転機を迎えたのは7年後の27歳の時。会社を離れる決意をした時でした。 根本的に自分の力を試してみたいという思いが溢れてきた時でした。その会社は社員50人ぐらいで、半世紀の歴史がある会社でした。私自身の営業成績はずっと良かったのですが、 自分の力ではなく、会社の名前で売れている気がして。もっと自分の力を試したいという気持ちが常にあったんです。 だけど自分で会社を興す勇気はないし、それだけの知恵もない。 そこで営業として外回りしているときに目についた、羽振りがよさそうに見えた不動産業に転職しようと考えました。 そうして転職先を探し始めたところ、会社を選ぶ際に重視したのは「できるだけ立地が悪く、歴史がないこと」。 本来は逆のことを考えるところですが、敢えてそんな不思議な条件をつけたのも、 自分の力だけで勝負してみたかったからでした。 不動産屋は駅前とか立地のいい所にあるのが普通だと思っていたので、たとえ立地が悪くても選ばれるなら、 それは間違いなく人の力だと考えたからです。また最初の会社では、上司から創業期の話を聞かされることがよくあり、 そんな話ができる上司・先輩が羨ましく思うこともありました。自分も〝昔はこうだった〟と言えるようになりたいと思い、それは創業期のメンバーしかできないし、 新しい会社は自分が頑張れば一緒に大きくできる可能性があり、とても魅力を感じていました。だからできるだけ立地が悪くてできたばかりのところ、 要するに〝怪しい会社〟を探したんです その〝怪しい会社〟の条件に合致したのが、 当時某社の持ちビル3階で元マージャン室兼倉庫を借りてスタートしたばかりの不動産投資会社・株式会社クリスティでした。
営業だけで何千人、何百人といるような大企業では、たとえ1人の成績が悪くてもさほど大勢に響きはしないが、 1人の頑張りが会社の成長にダイレクトに影響することもない。それを楽で安定していると考えるか、 面白味がなくてつまらないと考えるかは人次第でしょう。私は後者の考えでした。 私が不思議な縁で辿りついた不動産投資会社クリスティの初代社長・小林氏もまた同じ考えの持ち主でした。 私自身、不動産業界の経験は0だったので、面接では「前職で自分の成績はよくても周りがダメだから給料は上げられないと言われたこと、 自分の力を試してみたいと思っていること」などをお話しました。そうしたら小林社長も同じような経験をして独立したそうで、 そこが合致して入社することができたんです「類は友を呼ぶ」で呼び寄せられたような人生の第2ラウンドが始まりました。
「半年間売れなかったら辞めるつもり」で臨んだ新しいステージ。 社会人になってからずっとやってきたサーフィンも封印して営業に取り組み、ようやく売れ始めたのは3カ月目のことでした。 そこからはとんとん拍子で行きましたが、その道のりは決して平坦なものではなく、入社時に5人いた社員は、 一時小林社長、新川、後輩の3人になったことも・・・。ですが、「会社を大きくする」の、目標の下、No.2として仕事に励んだ結果、 10年後にクリスティは40人規模にまで成長しました。現在の生き方・考え方の核にあるのは、その過程で学んだと思っています。 そんなこんなで、10年過ぎた時にいろいろあって、小林社長と話してクリスティを辞めさせてもらうことにしたんです。3年かけて代わりになる人材を育て、 2012年に退職して自分の会社を立ち上げたんですが、その時に元部下2人とお客さんも一緒に付いて来てくれました。 それは小林社長にずっと言われてきた〝お客さんがちゃんと儲からないと、自分たちだけが儲かっても意味がない〟を実践し、 次の不動産が買えるちゃんとした物件を紹介し続けてきたからだと思うんです。 小林社長に仕事のノウハウはもちろん、生き様についても多くを学ばせてもらいました。
顧客が気軽に立ち寄るという、南国リゾートカフェ風のオフィス 設立した「富士企画株式会社」は、オフィスは南国リゾートカフェ風で顧客が喫茶店のように立ち寄ることは日常茶飯事。 毎月書初め大会や握力No.1決定戦などユニークなイベントが開かれ、たとえ名刺交換をしても電話営業は行わないなど、 従来の〝会社〟〝不動産屋〟からは非常識と見られることばかりでしたが、現在のクリスティ店内も同様、 それらはすべて顧客との良い関係作りを第一とする姿勢を実践するもの。営業マン時代の経験を活かして生まれたものでした。
小林社長に言われた中で忘れられないのが、「俺は今日死んでもいい。それくらい、一日一日を一生懸命生きている。 それだけ一日を大切にして生きろ」との言葉でした。 「だから時間の使い方は今でも凄く意識しています。私自身、休みの日はほぼ毎日サーフィンに行っているんですが、 ある時雨だったので家でゴロゴロしながらふと波情報を見てみたら本当にいいコンディションで、行かなかったことを凄く後悔したことがあって。 〝こんなに後悔するならやりたいことはやろう〟と決め、その日からすべてにおいて、やる人生とやらない人生を意識して選ぶようになりました」 小林社長とは独立後も一緒に酒を飲む仲でしたが、しばらくしてそれは終わりを告げることになりました。 元部下を巡るトラブルで一時疎遠になっている間に、55歳の若さで小林社長が急逝してしまったのです。
「故人の意思により葬儀は出さないため、線香をあげることもできない。どうしてもお線香だけでもあげたいが……」 そんな葛藤を抱えたまま訃報から1週間が過ぎ、いつもは行くことがない銀行へたまたま出かけた時でした。 その待合ロビーで、ささやかな奇跡が起きたのです。順番待ちをしていたところに、 同じく偶然銀行を訪れていた小林前社長夫人が現れたのです。 顔を見た瞬間にお互いスグに分かり、銀行の中という場所にも関わらず2人ともずっと泣きっぱなしで、 泣きながら富士企画オフィスに帰って、一緒にクリスティから来たメンバーと一緒にまた泣きました。 生前小林社長は私たちメンバーに会いたいと言ってくれていたみたいで、「呼びましょうか?」という話もあったそうなんですが、 小林社長の思いは、「元気になってから会いたい」と前向きに全力で生きる意志を最後まで持ち続けていらっしゃったと言う事もそこで知りました ただ話はそれだけでは終わらなかったのです。この再会で前社長夫人が私にクリスティを任せることを決断されていて、 いくつか来ていた会社買収の話を、帰宅後にすべて断ってしまったと言うのです。 もちろん、この段階ではそんなことになっているとは夢にも思っておらず、 後日、改めて社長就任を依頼された時は、思いもよらない展開に戸惑いがありました。 でも14年も勤めた会社で、会社を大きくしたのは私と今いるメンバーだという思いがあったので、 よく知らない大きな会社に任せるより、自分たちでまたできたら良いなと思いました。こんな神がかり的に出会ってしまった事で、 「お前がやれ」と言われてるのかなとも真剣に感じました。 社長就任は2016年7月3日。趣味であるサーフィンに掛けて、 荒波を乗り越えて成長していくという願いを込めて73(なみ)の日を選びました。
現在、富士企画は社員10名、クリスティは40名。業種はどちらも同じ不動産投資で、 顧客との良い関係作りを第一にしたビジネスを展開しています。 「不動産はどこからでも買えるからこそ、勝負所は人間としての魅力。 ほかから紹介された物件を〝こっちでできない?〟と言われるぐらいになろう、 というところを目指しています」 私たちのモットーは「仕事も遊びも一生懸命」。 「会社を楽しいと思わない人は多いし、朝行って働いて時間が来たら帰るというのが普通の働き方かもしれない。 けれど、それじゃつまらないでしょう?厳しいことは言うけれど、誰一人としてクビにはしないから付いて来てもらいたい。 そして楽しんでほしいんです」顧客に選ばれる会社は、従業員にとっても働きやすい会社でもあると考え、常に口に出して確認しています。